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大阪高等裁判所 昭和56年(う)1673号 判決 1982年12月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月及び罰金二、四〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人林川毅、同福原道雄共同作成の控訴趣意書及び弁護人林川毅作成の控訴趣意補充書各記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官大村須賀男作成の答弁書及び同補充書並びに検察官竹内陸郎作成の答弁補充書各記載のとおりであるから、これらを引用する(但し、弁護人は、当公判廷において、控訴趣意書第二の主張のうち、証拠の証拠能力に関するものは訴訟手続の法令違反の主張であり、同信用性に関するものは事実誤認の主張に関するものである旨釈明した。)。

控訴趣意書第二の二の1の主張について《省略》

控訴趣意書第三の四の主張について

論旨は、原判決は、事業にあたらない被告人の商品先物取引から生ずる所得を事業所得とし、これを前提として本件犯罪を認定しているから、この点において判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

よって、検討するに、被告人の右所得が事業所得にあたることについて、原判決が争点に対する判断の第一項で説示しているところは、大略正当であると認められる。

所論は、右説示中の「昭和四九年ころから大商いを行なって」おり、また、「被告人は相場に関する各種情報収集のため直接現地へ赴き小豆の作付及び消費状況を調査したり、全国各地で情報屋と会って相場情報を買っている」状況が認められるとの部分は、事実を誤認している、と主張する。なるほど、前者については、昭和四九年の被告人の商品取引を大商いと評価しうるだけの証拠はなく、また後者は、その説示文言からみて、所論のように、昭和五三年一二月七日付の被告人の検察官に対する供述調書中の、昭和五一年の被告人の行動に関する供述部分を昭和五〇年のものと誤解し、これを証拠として認定したと考えられるが、昭和五一年一〇月二〇日付質問てん末書によれば、被告人は、昭和五〇年中に、本件商品取引のために、それぞれ飲食代・車代・手みやげ代を負担する接待交際を月三回位しており、また、東京や九州へ月一回、名古屋へ月一回位出張し、さらに、出張時の電話代も含め年間約六七万円余りの電話代を支出していた事実が認められ、右事実に照らせば、被告人は、昭和五〇年中においても、概ね原判示の如き情報収集活動を行なっていたことが推認できる。そして、所論の右各主張を考慮しても、原判示の結論の正当性を左右するものではない。

所論はまた、原判決がいう事業所得にあたるか否かの判断基準には、事業としての社会的客観性、すなわち、相当程度安定した収益を得られる可能性があることを要するという重要な要素が欠落しており、右基準を加味して考えると、被告人の昭和五〇年の商品取引は偶発的要素によって巨額の利益を得たにすぎず、事業としての社会的客観性がないから、事業所得にはあたらない、と主張する。しかしながら、原判示の取引の実態(前記のように不当な認定と考えられる点は除く。)と、被告人は、もともと自己が事実上経営する橋本商店の扱い商品である飼料の先物取引を、昭和三五年ころから始めて経験を重ねていたものであり、また、昭和五〇年の商品取引に要した資金には、右橋本商店の資金の一部が流用されており、本件商品取引は、右橋本商店の附随的業務であるとも評しうることに徴すると、右所論を考慮しても、原判示の結論は正当として肯認することができる。なお、被告人の昭和五一、五二年度の本件と同種取引を事業と認めず、右各年度の取引損が雑損として処理されたからといって昭和五〇年度の取引益を一時所得ということはできないとの原判決の説示も正当と認められる。以上のとおりであるから、論旨は理由がない。

控訴趣意書第二の二の2、第二の三及び第三の一ないし三の主張について

論旨は、原判決が挙示する質問てん末書及び被告人の検察官に対する供述調書は、合理性、信用性に乏しいものであり、原判決は、これらの証拠を用いて事実認定をなしたため、以下の各点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。以下、各主張ごとに判断する。

(一)  控訴趣意書第三の一の主張について《省略》

(二)  控訴趣意書第三の二の主張について《省略》

(三)  控訴趣意書第三の三の主張について

論旨は、被告人は、自己の総所得金額は、計算間違いを犯した結果、二億〇、二四六万六、四〇〇円であると認識していたものであり、一二月分の手数料戻り分二、〇八〇万七、八〇〇円について所得としての認識があったとしても、その金額は二億二、二四六万六、四〇〇円にとどまるから、ほ脱税額は、右の額に対する所得税額をもとにして認定すべきであるのに、総所得金額が三億一、八五五万九、四七三円であることを認識していたとの前提の下に、右金額に対する所得税額をもとにしてこれを認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

よって、検討するに、被告人は、その検察官に対する昭和五三年一二月一四日付供述調書において、昭和五〇年度の自己の損益を計算する際、須々庄株式会社の被告人の各商品取引口座の委託者別先物取引勘定元帳写しを取り寄せ、これをもとにして、出金伝票用紙(右供述調書添付の各出金伝票はその写しで、以下これを単に「出金伝票」といい、その番号は右添付の写しに記入されている番号をさす。)に各取引口座ごとの損益を計算して記入し、さらにそれを別の出金伝票(出金伝票1および2)に転記して集計したこと、右計算の際、(イ)山本利三名義の口座(以下各口座は被告人の架空名義の口座)の利益が二、一四五万六、〇〇〇円である(出金伝票9)のに、これを出金伝票1に転記する際一桁落として二一四万五、六〇〇円としたこと、(ロ)藤田浩三名義の口座の利益が一〇五万六、〇〇〇円である(出金伝票11)のに、これを出金伝票2に転記する際同額の損として転記したこと、(ハ)出金伝票1と2を合計すると二億六、二四六万六、四〇〇円となるのに、これを二億〇、二四六万六、四〇〇円としたこと、(ニ)右の(イ)ないし(ハ)の各記載は、被告人が自己の利益を少なくするため故意に違えたもので、万一税務署にわかってもうっかりしていたと弁解するつもりであったこと、以上の自白をなしている。

そこで右自白の真実性について考えると、被告人の右計算の際、所論のように、右(イ)ないし(ハ)の三点の誤りのほか、故意とは認めがたい単純な計算の誤り(出金伝票3、7)や被告人に不利な誤り(出金伝票12の中田正名義口座の六七万九、二〇〇円の損金及び丸五商事株式会社の一一万四、九〇〇円の損金が出金伝票1、2の集計の際計上されていない)もあり、被告人の業務の多忙さから考えて、このような誤りをすることも無理からぬ事情があったと認められる。また、右検察官に対する供述調書中で、被告人は、「出金伝票8に二億六、九〇〇万円の数字が記載されているから、昭和五〇年中の先物取引による利益が少なくとも二億六、九〇〇万円あることはわかっていた」旨供述しているが、伝票8は被告人の集計方法によれば数口の口座の一つの口座のみからの出金(被告人にとって益)を集計したにすぎず、同口座への入金(被告人にとって損)した金額を集計して右出金の合計金との間で相殺したものでないうえ、他の口座との間でも通算していない金額であるから、伝票8の記載のみをもって昭和五〇年中の利益が少なくとも二億六、九〇〇万円あったと考えるには合理的根拠が乏しい。しかも、その二億六、九〇〇万円という額は、被告人の検察官に対する昭和五三年一二月一八日付供述調書で二億九、二〇〇万円と訂正されているが、その訂正の根拠とされた同調書末尾添付の被告人作成の「商品先物取引関係資金出入表)は、所論指摘のとおり、少なくとも九、〇〇〇万円を重複して集計されており、したがって、同表合計欄の二億九、二〇〇万円を根拠として被告人の昭和五〇年の利益の認識を引出すことは誤まりというほかなく、この点に関しては、所論のとおり、検察官の誤導によって右各供述調書が作成された疑いがあり、ひいて、利益の集計に関する被告人の右調書中の供述全体の信用性に疑いが生じてくる。右の事情を考慮すると、前記の(イ)ないし(ハ)の誤りも、故意によるものではなく、所論のように、全くの計算上の過誤であったのではないかとの合理的疑いが払拭できない。

そうすると、被告人は、前判示のような所得の隠匿行為とは認められない計算上の過誤により、自己の商品先物取引売買益による所得金額を、実際の二億五、九八四万一、五〇〇円よりも少ない二億〇、二四六万六、四〇〇円であると認識していたと認定すべきであり、その差額五、七三七万五、一〇〇円を所得として計上しなかったことにより免れた所得税額は、所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」により免れた税額には含まれないというべきである。しかし、所論の一二月分を含む手数料の割戻し額等その他の原判示の所得について納税義務がある所得であると認識していたことは証拠上認められる。それで、結局、本件におけるほ脱税額は、総所得金額三億一、八五五万九、四七三円から右五、七三七万五、一〇〇円を差引いた二億六、一一八万四、三七三円に対する所得税額をもとにして算出認定すべきであるのに、原判決は、右総所得金額に対する所得税額をもとにして原判示のほ脱税額を認定したものであるから、この点において事実を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の論旨をまつまでもなく原判決は破棄を免れない。論旨は右の限度で理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、肩書地に居住し、尼崎市浜田町三丁目一九番一号に事務所を置く米糠販売業橋本商店の従業員であるとともに、営利の目的で継続して小豆等の商品先物取引を行なっていたものであるが、昭和五〇年分の総所得金額は、そのほとんどが右取引の清算益金及び委託手数料の割戻金で、その合計は三億一、八五五万九、四七三円であるが、そのうち二億六、一一八万四、三七三円につき、所得税を免れようと企て、右所得に対する所得税額は一億八、一二一万七、四〇〇円であるのにかかわらず、右清算益金及び委託手数料割戻金を架空名義等で預金し、さらに被告人を含む親族五名において右取引の清算益金を均等に分配したように仮装して所得を秘匿したうえ、同五一年三月一五日、同市西難波町一丁目八番一号所在の所轄尼崎税務署において、同署長に対し、所得金額が二、〇〇一万六、六四〇円、これに対する所得税額が七〇二万六、二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税一億七、四一九万一、二〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和五六年法律第五四号附則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項に該当するところ、懲役刑と罰金刑を併科することとし、罰金額については免れた所得税額が五〇〇万円を超えるので、同条二項により罰金額は免れた所得税額に相当する金額以下とし、その刑期及び罰金額内で処断すべきところ、情状について検討すると、本件のほ脱税額は一億七、四〇〇万円余の多額にのぼり、不正行為の内容も、架空名義等で預金し、さらに清算益金を五人で分配したように仮装して所得を秘匿するというもので、その態様にも特に斟酌すべきところはないけれども、反面、被告人は、本件と同様の商品取引において、昭和五一年に約一、〇〇〇万円の、同五二年に約四億数千万円の各取引損を出しており、しかもその点について租税行政上なんの配慮もなされていないこと、被告人は重加算税を含む三億〇、一〇三万六、一〇〇円をすでに納付していることなど、被告人のために斟酌すべき事情も認められるので、このような一切の事情を考慮して、被告人を懲役一年二月及び罰金二、四〇〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、刑訴法一八一条一項本文により、原審における訴訟費用は、全部被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環直彌 裁判官 石塚章夫 裁判官杉浦龍二郎は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 環直彌)

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